2013年11月12日

弥五郎どん祭り紀行

我認爲持續以前流傳下來的風俗是件好事。真的信神也好,沒那麽相信也好,這樣的風俗已成爲當地的文化。
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 11月3日の朝10時頃、私たち留学生三人と県短の二年生末川さんは、福田先生の車で曽於市大隅町の弥五郎どん祭り(毎年11月3日)に行きました。当日は小雨が降っていて、傘を開きながら動物の彫像の前に写真をとってもらいました。
 11月3日早上10我認爲持續以前流傳下來的風俗是件好事。真的信神也好,沒那麽相信也好,這樣的風俗已成爲當地的文化。点左右,我们留学生三人和县立短大的末川同学一同乘坐福田老师的车前往曾于市大隅町的弥五郎祭。当天小雨的缘故,我们撑着伞在动物雕像前合了照。
11月3日早上10點左右,我們留學生三人和縣立短大的末川同學一同乘坐福田老師的車前往曾于市大隅町的彌五郎祭。當天小雨的緣故,我們撐著傘在動物雕像前合了照。

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 神社にいく前に、駐車場の物産館で、ぶらぶらと鉢植えやお土産を見回りました。途中で、牛の引いている荷車で運ばれている野菜が、本物より大きいことに気づきました。一個一個と作るのは面倒で目覚しくないので、むしろ大きな個体を作った方がいいと考えて作ったのかもしれません。鮮やかで生き生きとして、物産館のいいシンボルになりました。
 去神社前我们现在停车场旁的物产馆逛了逛,看了看盆栽、土特产什么的。途中看到一辆牛拉着的货车,注意到车里装运的蔬菜都比真的大。也许是(制作者)考虑到一个个做太麻烦,还不如把个体做大了方便。(货车)鲜艳生动,成了不错的物产馆象征。
去神社前我們現在停車場旁的物産館逛了逛,看了看盆栽、土特産什麽的。途中看到一輛牛拉著的貨車,注意到車裏裝運的蔬菜都比真的大。也許是(制作者)考慮到一個個做太麻煩,還不如把個體做大了方便。(貨車)鮮豔生動,成了不錯的物産館象征。

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 最初ちょっと道に迷ってしまって、お茶祭りの場所を弥五郎どん祭りの場所と誤解しました。お茶とお漬け物を食べでみました。
 最初稍微迷了点路,把茶祭误解为了弥五郎祭。试着喝了点茶,吃了点点心。
最初稍微迷了點路,把茶祭誤解爲了彌五郎祭。試著喝了點茶,吃了點點心。

 いよいよ正しいルートを進んでいって、下り坂に沿って歩きながら山上の弥五郎どんの石像を写真に撮りました。帽子をかぶって、二本の刀を佩びている側面です。祭りの紹介によると、弥五郎どんは身の丈一丈六尺、梅染の単衣を着用し、刀大小を佩び、四輪車の上に立って威風堂々の巨人のようです。
 渐渐向正确的路线前进,沿着下坡边走边把山上的弥五郎石像拍进照片。是戴帽,配两把刀的侧面。根据祭典的介绍,弥五郎的形象是一个身长一丈六尺,身着梅色单衣,配大小刀站立于四轮车上威风凛凛的巨人。
漸漸向正確的路線前進,沿著下坡邊走邊把山上的彌五郎石像拍進照片。是戴帽,配兩把刀的側面。根據祭典的介紹,彌五郎的形象是一個身長一丈六尺,身著梅色單衣,配大小刀站立于四輪車上威風凜凜的巨人。

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 弥五郎どんの起源に関して二つの説があります。隼人族の首領説と武内宿禰説です。西郷隆盛と類似して、弥五郎どんは古代の西郷どんに該当すると言われています。人々は大きな巨人、いわゆる「弥五郎どん」に対する敬愛の気持ちと信仰を表すために、毎年祭りを行っているのです。
 有关弥五郎的起源有两种说法。隼人族首领说和武内宿祢说。与西乡隆盛类似,弥五郎就相当于古代的西乡隆盛。人们为了表达对巨人也就是弥五郎的敬爱与信仰,每年举行祭典。
有關彌五郎的起源有兩種說法。隼人族首領說和武內宿祢說。與西鄉隆盛類似,彌五郎就相當于古代的西鄉隆盛。人們爲了表達對巨人也就是彌五郎的敬愛與信仰,每年舉行祭典。

 ようやく入り口みたいな街道について、案内板がみえました。色々な露店が道端に出て、様々な食べ物や玩具や遊びの項目などができます。たい焼きとたこ焼きを食べてみました。
 终于到达入口模样的街道,能看到块引路板。路边出了许多小摊儿,有各色食物,玩具,游乐项目等。试着吃了鲷鱼烧和烤章鱼。
終于到達入口模樣的街道,能看到塊引路板。路邊出了許多小攤兒,有各色食物,玩具,遊樂項目等。試著吃了鲷魚燒和烤章魚。
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 少し山登りすると、亭みたいな建物の周りに人々がたくさん集まっていました。「武道大会」という大きな四字が隣の看板に書いてありました。きっとレベルの高い試合だろうと期待していたのですが、これは小学生の相撲大会でした。子供達が勝つために一生懸命にやっていたのは、想像以上に面白かったです。近くにちょうど小学校があって、相撲大会の間に、小学校の運動場で楽器チームの人たちが太鼓などを叩き、祭りを盛り上げていました。
 稍微登上山,好像亭子的建筑周围聚集了许多人。我期待着一定是有高水准的比赛吧,结果是小学生的相扑大会,但小孩子们为了胜利拼命比赛的样子比起想象还挺有趣。附近正好有所小学,相扑大会进行期间,小学操场上乐器队的人敲着鼓,传递来祭典的热情。
稍微登上山,好像亭子的建築周圍聚集了許多人。我期待著一定是有高水准的比賽吧,結果是小學生的相撲大會,但小孩子們爲了勝利拼命比賽的樣子比起想象還挺有趣。附近正好有所小學,相撲大會進行期間,小學操場上樂器隊的人敲著鼓,傳遞來祭典的熱情。
 やっと山の中腹の八幡神社に登った。たくさんの人が列に並んでお参りするのを待っていて、おみくじの箱もありました。おみくじは、凶とか吉とか出るけど、人の運勢を占うのは本当はそんなに簡単なことではなく、その人の前世経歴等すべてが関わっていると思います。灯篭や注連縄(しめなわ)や紙垂(しで)などの飾り物は建物とともに神社らしい雰囲気をかもし出していました。
 好不容易登上山腰的八幡神社,已有许多人排队等着烧香什么的。还有抽签的箱子,我认为签的吉凶、运势什么的分类极困难,是有着历史堆积的事情。灯笼呀白绳呀折纸什么的装饰物和建筑物一起带来神社的气氛。
好不容易登上山腰的八幡神社,已有許多人排隊等著燒香什麽的。還有抽簽的箱子,我認爲簽的吉凶、運勢什麽的分類極困難,是有著曆史堆積的事情。燈籠呀白繩呀折紙什麽的裝飾物和建築物一起帶來神社的氣氛。

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 神社では、午後一時になると、弥五郎どんの御神幸が始まりました。御神幸というのは、案内の看板によると、子供たちが弥五郎どんを先頭に引いて、神幸の行列が続き、午後二時頃、御旅所に到着して、地域の平安や繁栄を祈る神事を行った後神社に戻ることです。私たちは道端に立って、行列が神社から降りるのを見ました。
 我们在神社等到下午一点,弥五郎的御神幸开始了。根据引路的看板上说的,御神幸是孩子们在前面拉着弥五郎(的模型),后面跟着行列,下午两点左右到达旅所,进行祈祷地域平安繁荣的神事后回到神社。我们站在路边观看了行列从神社下来的过程。
我們在神社等到下午一點,彌五郎的禦神幸開始了。根據引路的看板上說的,禦神幸是孩子們在前面拉著彌五郎(的模型),後面跟著行列,下午兩點左右到達旅所,進行祈禱地域平安繁榮的神事後回到神社。我們站在路邊觀看了行列從神社下來的過程。

 昔から伝わってきた風俗を守り続けるのはすごくいいことだと思います。神様を本当に信じていようかいまいかは重要ではなく、これはすでにこの土地の伝統文化になっています。弥五郎どん祭りは貴重な宝物として尊敬・保護されるべきだと思います。
 我认为持续以前流传下来的风俗是件好事。真的信神也好,没那么相信也好,这样的风俗已成为当地的文化。我认为应该把弥五郎祭看作珍贵的宝物尊敬和保护。
我認爲持續以前流傳下來的風俗是件好事。真的信神也好,沒那麽相信也好,這樣的風俗已成爲當地的文化。我認爲應該把彌五郎祭看作珍貴的寶物尊敬和保護。

posted by TEAM IT at 18:45| Comment(0) | 日記